バイト、恋愛、パチンコ、希死念慮
11月末ごろに当時お付き合いしていた方とお別れすることになりまして、当時は半同棲みたいな状態だったものですから、その半同棲の時間がなくなるといくら労働意欲皆無のクソニートでも流石に、いや流石に暇だなあ、とか思うわけです。
そんなとき、ん?別れたらめっちゃ暇にならね?(そもそも無職なので当たり前)そういえばパチンコ屋ってなんか時給良いし面白そうだし、バイトしてみたらいいんじゃね?パチンカス的には裏側とか知りたいし!無理だったらすぐ辞めよ〜!という、至極アホすぎ軽率すぎなノリでパチンコ屋への応募を決めました。
が、履歴書を提出する際、学歴の欄まではそれなりに良い感じに書けるものですが、いかんせん就労経験ゼロのニートなので職歴の欄に書くことがなく、ほぼ白紙で提出してしまいました。「絶対やばい奴だと思われる、細かいこと訊かれたら終わる、落とされる」と思いながら戦々恐々と面接に行ったらなぜか即採用、正直バイトする心構えも出来ていないまま、あんなに嫌いだったアルバイトをすることになってしまいました。
(アルバイトがマジでどうしても嫌い!っていう記事もこのはてブロ内にあったと思うので、良かったら…… 今の私が超えらい、めっちゃえらい、というのがお分かりいただけたら幸いです)
バイトごときで、と思われるかもしれませんが、私は筋金入りのバイトや労働嫌い(やさしく言うと、苦手)なので、マジか…大丈夫かいな…という気持ちでした。しかし店長が優しくて、私のトンチキな履歴書からなんとなく察してくれたのか「リハビリだと思ってくれればいいから!」と言ってくださり、もうここがニート脱却のラストチャンス、絶対に頑張ろう、と思い、なんやかんや現在2カ月くらい、パチンコ屋に踏みとどまっています。パチンコ屋で、それなりに楽しく働いています。
話は変わりますが、元彼と別れて1ヶ月半くらいは普通に躁状態でした。わたしは躁鬱病なのですが、躁鬱病というのは厄介なもので、躁状態のことを、「めちゃくちゃ気分が良くて調子がいい!」状態として認識してしまい、次々と予定を入れたり突然新しいことを始めたりしてしまったりしてしまうのです。
それで、バイトを始めたのとほぼ同時期にマチアプ、いわゆるマッチングアプリも始めてみました。異性に対するハードルというのは年々上がっていくもので、どの人もなんだかいまひとつ…(当方高望みの26歳)(自分にはこれといった取り柄もないくせに)という感じで、ちょっといいかも?と思って少しだけ会ってみても、なんかやっぱり違う…ということを繰り返してしまい、結局マッチングアプリは一瞬で辞めてしまいました。
一連のマッチングアプリを通して感じたのは、この先一体わたしには好きな人が現れるのか?という問題です。わたしのことを一途に愛してくれる人なら誰でも良い!!できればイケメンで!!とかいう現実を舐め腐った古の乙女心はズタズタにされました。異性に対して、自分の中でもある程度の基準があるなと認識したうえで、お互い好きになれるってすごく難しいことだと思います。アプリ上だと特に。あまりに懲り懲りすぎて私がマッチングアプリをやることは当分ないんだろうなあと、そんな気がしています。
12月頃から、慣れないバイト、慣れないマッチングアプリ、バイトの前後でマチアプのアポへ行くこともあり、体力の限界で、ヘトヘトでした。
アプリを辞めてもバイトは依然続けているわけですが、個人的には二つの問題が生じています。
一つ目は、先ほども言ったように、この先一体わたしには好きな人ができるのか?問題。
ボケーっと生きてたら出会いなんてないし、珍しく新たに知り合った人と恋愛に発展する可能性なんて、めちゃくちゃ低いわけで。片想いになる可能性すら低いわけで。最近は母と仲が良くて恋バナ的な話もするのですが、「そのうち良い人は現れるから大丈夫だよ〜」とか言われても、そのうちっていつやねん!という思いにしかなりません。だからといって私が今何かしら頑張ったところで良い人が現れる、なんてこともないので、ここは都合良く母の言うことを信じることにします。
二つ目は、このままずっとパチンコ屋で勤務していていいのか問題。
確かに仕事内容は楽しいし、人間関係にも恵まれてるし、ただずっとこのアルバイトで行くのかな、という不安はあります、しかも私は扶養内勤務で社会保険に入っていません。障◯者は医療費が1割負担なので、社保に入るとそこから諸々バレるでは…という不安で、ズルズル社保に入るのを見送っています。(この辺はマジで悩んでいるので、有識者の方がいらっしゃったら教えていただきたいです)
バイトを始めて2ヶ月の身で言うのもクソほど生意気ですが、実際興味があるパチンコという分野では労働できているし今のところ辞めたい気持ちもないので、もし就職なんかできるとしたら、パチンコ関係の会社に行けたら…とか考えながら日々募集要項などを眺めています。こんな経歴で8割8分無理なのは十分承知の上ですが。
それでも僅かな夢を与えてくれただけ、今のパチンコ店にはありがたい気持ちでいっぱいです。
一見充実…というか人並みかそれ以下な感じで生きているような文章を長々と書きましたが、当方疾患持ちなもので全然希死念慮とかはあります。
それこそ最近は躁状態が終わってド鬱でして、飼っている犬を撫でようとしたら逃げてしまい、それで号泣するようなゴミ情緒です。ずーっと、永遠に躁状態だったら良いのにな、とか思います。
鬱が酷い日は朝まで自宅で一人で酒を飲んで、好きなアイドルやバンドのYouTubeとかを観て心を落ち着かせたり、現に今しているように下らない文章を長々と書いて自分なりにストレス発散をして、現実から逃げつつ、眠るのを待ちます。それでも眠れなかったら平気で親に泣きついたりとかします、もう26歳なのに、
全然死にたいです。パチンコバイトが〜とか就職が〜とか言ってますが、別に今すぐにでも全然死にたいです。そういう病気なので。でも、私は一人娘で、客観的に見たらいわゆる箱入り娘なわけで、親をもうこれ以上悲しませられないので、何があっても生きます。生きるしかないのです。
それに加えて、わが家では犬を2匹飼っています。わたしの両親は比較的高齢でろくな親戚もおらず、仮に両親が先に亡くなってしまったら、引き取り手がいない場合は保健所送りになって結局安楽死とか、そんな最期になってしまう可能性があります。ペットといえど大切な家族だし、わたしの寿命を全部犬にあげたいくらい愛おしくて、幸せになってほしくて、だからそんな辛いこと、自分がいくら苦しくて死にたくてもさせる訳にはいかないのです。
話は戻りますが、時折親に何か買ってもらったり、金銭的な援助をしてもらったりする際、有難いのと同時に申し訳なくて仕方なくて、それでも生きていくのが最大の親孝行だと思って、生きてます。パチンコ屋でのバイトが続いていることに対して親が喜んでいることも、バイトから帰ってきて「お疲れ様!」って嬉しそうに声をかけてくれることも、正直辛いです。同じ境遇で中高大教育してもらった他の人は普通にちゃんとした企業に勤めているので。こんな娘で本当に申し訳ないと思います。でも、それでも、こんな醜態を晒してでも生きていくことが一番の親孝行なのです。そう信じるしかないのです。
なんとか、しがみついて生きていこうと思ってます。力尽きたらまあ、その時ですなのですが、尽力します、できるだけ。
3年、経って
なんと、なんと、3年ぶりに、こんなはてなブログを引っ張り出してきてしまいました。時代はnoteだというのに…
3〜4年前にたくさん文章を書いて残していたのは、コロナ禍で人並みに引きこもっていた+まあそれなりに精神を病んでいて遺書代わりにしたかったのだと思います。
今思えば22、3歳なんて妬ましいほど若くて、そのキラッキラの若さを盾にしてどんな辛いことでもギャルなマインドで乗り越えられそうなのに、
結局その時にはその時にしかない辛さや絶望、閉塞感があるんだなって、思いました。26歳になりまして。今やもう、キラッキラの若さも、ギャルマインドも、何もありません。ただの鬱で醜いアラサーです。
誰も興味ないでしょうが手短にこの4年間のことをお話しします(一応…)。最後に記事を更新した2021/4/16の次の日くらいに、致死量をはるかに超えたODをして救急車沙汰になり、数日間生死の境を彷徨った末に肺炎になって数週間入院しました。この入院が身体的にも精神的にも辛すぎて(自業自得)、それ以来、自殺未遂や救急車沙汰を起こしていません。
それ以降、あんなに嫌いだった大学に向き合うようになり、休学など挟みつつも2022年9月に卒業しました。5年半かかりました。思い入れもクソもないので、9月卒業式は勿論行きませんでしたし、学位記(卒業証書?)も貰っていません。とっくのとうの昔に廃棄されていることでしょう。
その後は、恋愛したりしなかったり。病んだり病まなかったり。ギリギリでも、ズルズルと生活してきました。先延ばしにしていた就職のことも、最近まじめに考え始めました。前向きに取り組むつもりです。
ただ、普通のお仕事じゃなくて、障害者用のお仕事です。そうじゃないと、周りに配慮をしてもらわないと、労働という壁が私には高すぎて、怖すぎて、自分が壊れてしまいそうだから。甘えなんかじゃない。精神疾患を患って以降、周りが当たり前にできていることが急にできなくなって、どんな苦しい思いをしたか、正規ルートを辿って社会人している健常者には到底わからないでしょう。ここまで小中高大と、親に多額の教育投資をしてもらって生きてきて、その結果がこれなんて、親に申し訳なくて申し訳なくて涙がたくさん出てくるけど、それでもこのまま働かないよりはマシだろう、そう言い聞かせるほかありません。中高大と同じ環境で育ってきた周りの人の多くは、いい企業に勤めて、いいお給料をもらっていて、障害者レッテルを貼られた自分と比較して病まないわけないけれど、貼られたレッテルは本物なのですから、レッテル通りに生きないといけません。ゴミはゴミ箱へ、障害者は障害者らしく。
生活している9割の時間は、周りからは普通に見えている(はずだ)し、自分でも26歳ニートを年相応に楽しんでいるつもりではいます。ですが、たまに、たまーに、残り1割が顔を出すとき、気持ちの乱降下、白黒思考、自分を傷つけるような行為、あるいは頭の中で誰かに嫌な言葉を呼びかけられ続けるなど、そんなようなことに支配されてしまう時があります。ここ数日は「某オリンピック予選敗退でーす!死んでくださーい!」って、不特定多数の誰かにずっと言われ続けている気がしていて、全然面白くないし傷付くから本当にやめてほしいんだけど、たぶん自分で自分に死んでくださーい!って思ってるからそういう幻聴まがいの事象が発生するのだろうと、勝手に解釈しています。
事実、自分自身に対しては死んでくださーい!と、思っているので。
苦しい話ばかりなので、余談ですが、最近は専らパチンコにハマってしまいました。元々アイドル・オタクだった私は、某WACKが崩壊の一途を辿るうちに最早オタクではなくなってしまい、新たな趣味を模索する中で、一年ほど前、パチンコに出会いました。
パチンコはよいです。可愛いキャラクター達がたくさん褒めてくれるし、とにかく台が、色んな音や光、ギミックを駆使して、全身全霊で自分のことを祝福してくれている気分になります。
少しだけ恋愛にも似ています。当たらない台をずーっと打ち続けていても一生当たらないし、もう諦めて別の台に移動したら速攻で当たる、なんてこと日常茶飯事です。長く付き合った相手と別れて、次に付き合った相手とすぐ結婚、みたいな話、よく聞きませんか?ほら、パチンコって恋愛みたいじゃないですか?私はパチンコでもデータを気にする派でして(理論的には意味ない行為ですが)、それはデータから台とのタイミングや相性を自分なりに割り出して、運命を感じた台に着席したいからなのです。知らぬ間にパチンコで疑似恋愛駆け引きをしているのかもしれません。くだらないことを真剣に、すみません。
手短に、とか前置きしながら自分のことをダラダラとまた書いてしまいました。次はもっと前向きなことを書けたらいいな、生きていてくだらない文でもまた書けたらいいな、なんて 未来なんてもうないのにね
五億kgの荷物
久々に文章を書く気持ちになりました。
先月猛烈にダイエットをしていたのですが、唐突に「あ、どうせ死ぬからどうでもいいや」となってしまい、体重計も見ずに過食していました、結果、スーパーデブになりました。
デブになると今まで大好きだったお洋服も、メイクも、全部に興味がなくなって、ああ人はこうやって廃人になっていくんだなあ、としみじみと感じました。
そんな前置きはさておき、私は躁鬱と境界性というお荷物を抱えています。診断からだいぶ月日が経ったので、お荷物の扱いにもだいぶ慣れてきた今日この頃ですが、ここ数日解離の症状が出てきて、頭を抱えています。
まず、幻覚が見えるようになりました。例えば、布団が船のように揺れているのです。こんな狭くて散らかった部屋から抜け出したいと言う深層心理なのかもしれません。船の先は怖いから、布団の端にうずくまって、ここなら安全、ここなら安全、とその場をやり過ごしています。
幻覚に続いて、解離するようになりました。ある時間の記憶だけ、すっぽりないのです。昨日ウーバーイーツをしようとしてアプリを開いたら、全く身に覚えのないインドカレーチーズナンセットを注文していました。解離していても好物は譲れないのだなあと感心しました。感心している暇ではありません。本当に怖くて、信じられなくて、いつどこで食べたのかもさっぱり覚えてないし、自分という人間が怖くて戦慄しました。
そして一昨日かその前か、その辺りの記憶も曖昧ですが、些細なことで母と喧嘩しました。やっぱりこれもよく覚えていません。泣き叫んだり、家の窓から飛び降りようとして親に力づくで止められた記憶はぼんやりあるのですが、今日帰宅して、陶器製の割れた犬の餌入れがゴミ袋に入っているのを見て愕然としました。私が投げて割ったのを、曖昧ながら思い出しました。私はなんて最低なことをやってのけてしまったのでしょう。自分で自分に落胆、絶望しました。こんなに最低なタスクをいくつもこなし、しかもそれを自分で覚えていないのです。もう、泣きたいけど泣く資格もありません。同級生はこの春から社会人だというのに、当の私は引きこもりで、就活もせず、親の脛をかじって、おまけに家で暴れて、マジの最低です。こんなマジの最低な私にも普通に振る舞ってくれる親に申し訳ないなんて言葉じゃ収まりません。
躁鬱や境界性については、入院からもう二年半ほどが経ち、自分自身の症状との付き合い方がわかってきたので、やっとこのお荷物と一緒に生きる覚悟ができるようになってきました。渋々ですが。しかし、ここでさらに解離性障害なのか、統合失調症なのか、新しいお荷物が増えてしまったらそれはもう私の手には到底負えません。元々のキャパが米粒程度なので、シンプルに無理です。
勿論私なんかよりよっぽど辛い思いをしている人がいるのは百も承知ですが、私はこれ以上背負っていける気がしません。背負い投げできるものでも、そんな体力も私にはありません。本当に、本当にゴミなので。以上です
躁鬱ダイエット
年頃の女にとって、縁を切りたくても切れないものの一つがダイエットだと思います。いや私は体型に悩んでないわ一緒にするなデブ、という意見もあるかとは思いますが、少なくとも私にとってはダイエットは人生、いや正直に言えばストレスの大きな根幹を成しているものの一つなのです。
私が初めてダイエットしたのは高一の始めごろでした。きっかけは数ヶ月後に控えたヴィジュアル系バンドのライブ。少しでも細く可愛い状態でライブに行きたい!という至極気持ちの悪い邪念が芽生えたのです。当時ダイエットのダの字も知らなかった私は、とにかく食事制限だけで痩せようとしてしまいました。最初のうちは単純に食事の量を減らす程度だったのですが、少し体重が落ち始めてから、自分の中の何かに火がついてしまったようで、食べたもののカロリーを一ミリ単位で全て記録するようになりました。そんなのアホほど誤差だろという調味料まで、いちいち調べて「醤油は大さじ1で何カロリーで、ごま油は大さじ1で何カロリーで…」みたいなことまで暗記したりしていました。英単語を暗記するべきでした。その日の摂取カロリーが少なければ少ないほど気持ちが良く、多ければ落ち込むようになってしまいました。食べたいけれど食べたら肉がつくという極端な思考の板挟みで、誘惑に負けてメロンパンを食べてしまい、悔しくて泣いたこともありました。馬鹿馬鹿しい話です。
そんなこんなで、確か二ヶ月程で3、4キロ落としたのだと思います。ヴィジュアル系バンドのライブでは、大きなステージから私のことなんか見えるわけもないのに、少し痩せたのでルンルンでした。アホたれです。
しかしそんなアホたれだった私に大きな危機が訪れます。夏休みに入って、カナダに三週間ほどホームステイをすることになります。そこで、それまで限界まで抑えられていた私の食欲は爆発してしまいました。そもそも出てくる料理は肉ばかり、しょっちゅうパーティーに出かけてこれも肉ばかり、家には好きに食べていいわよと言われたケーキやマフィン、もう死ぬほど貪るように食べてしまいました。そうしてすっかりカナダライズされたムチムチボディになって帰国したのですが、体重計に乗ってみて絶望しました。当然ですが、ダイエット前よりも体重が爆増していました。あれだけの努力とストレスが、たった三週間で水の泡。プラマイゼロ、むしろマイ。この出来事自体が大きなストレスになり、そして食欲の爆発は限界を知らず、今度は過食癖がついてしまいました。学校の帰りにコンビニをはしごしてお菓子や菓子パンを買い漁り、気持ち悪くなるほど食べる日々の繰り返しでした。多分ちょっと病気でした。そうしてブクブク太り、高一の秋から高二の終わりまで、過去最大体重をキープしてしまったのです。今より12キロ、デブでした。その頃の写真を見ると顔も太腿もパンパンで、見るに耐えません。
高三の受験期に入り、段々体重のことを考えている暇などなくなり、少しずつ元の体重に戻っていきました。そのまま大学生になりそれでもまあ最初の頃は普通にデブでした。
それでも大学に入ってから確実に、特に意識することはなくても体重は緩やかに減ったと思います。多分、タバコです。口寂しければタバコを吸えばいいし、なんだかタバコを吸うと食欲がなくなる気がするのです。タバコダイエット有効説を私は提唱しています。(但し肌は荒れました。肌荒れと体重どちらが大事か、というのは人による気がしますが そして、単純に出費が増えます。最近また値上げしてオンオン泣いています)それから多少の体重の増減はあったものの、特に気にするほどではありませんでした。
話が長くなりましたが、私のダイエット歴はこんな感じです。そして数ヶ月前から、またダイエットを始めました。
というのも、前に書きましたが、数ヶ月前にリンパの腫れで高熱が何週間も続いて、水とパピコとかき氷しか口にできなくなり、体重がストンと過去最低まで落ちました。
そこでまた変なところに火がついて、どこまで痩せられるかというダイエットを始めました。食事制限だけだと絶対リバウンドして高校の頃の悪夢を繰り返すことになると学習したので、プチ食事制限とウォーキング程度の運動、さらに我が家にリングフィットアドベンチャーがやってきて、筋トレもするようになりました。リングフィットアドベンチャーについてはどハマりし、開始数週間で腹筋が割れ始めました。流石に下半身デブで腹筋だけ割れているのはキモいので、腹筋系の筋トレはあまりやらないようにしています。
私は昔からとにかく下半身デブ、今風に言えば超ウェーブ体型で、上半身にはあまり肉がつかず、代わりに下半身はとてつもなくお相撲さんなのです。ですから、長いスカートを履いて太い脚を隠せば、上半身が華奢を超えてもはや貧相なので、ヤバい体重でもあまり太っているようには見えないのかもしれません。所謂着痩せ体質です。
そういうわけで、この機会にどうしても足痩せしたくなり、筋トレは下半身を重点的に、出かける時は敢えてミニスカートを履いて痩せたい意識を絶やさないようにしたりしています。以前よりちょっとだけ、足も細くなった気がします。
…と、つらつらと書きましたが、二週間ほど前、急に気分が落ち込み、何もせずボーッと天井を見ながら数時間経っていたり、所謂鬱なのでしょか、もうダイエット意識などなくなってきてしまいました。リングフィットアドベンチャーは一応やるけれど義務的で、それよりやけ食い状態になり、家にあるものを端から端まで食べるようになってしまいました。その時に、ああ、ダイエットで段々痩せて生き生きとしていた期間ってめちゃくちゃ躁状態だったなあ、と思いました。今まで躁と鬱の変化について実感したのは、閉鎖病棟に入院した頃だけで、それからは「こんなんずっと人生鬱だわ!躁になれるならさっさと躁転したいわ!躁の方が楽しいに決まってるわ!」と躁鬱を舐め腐っていましたが、今回の件で二年ぶり位に躁と鬱の変化を味わった気がします。躁状態の時はもう毎日、鬱ダナァとか抜かしながらも色んなことを積極的にできて、今回はダイエットでしたが、この数ヶ月は気分が好調だったと思います。ところが突然やる気がなくなって、どうしてあそこまで身軽だったのだろう、どうして楽しかったのだろう、ああ、あれは躁転していたからだったのか、と認識して暗い気持ちが加速します。躁鬱の厄介な所だと思います。なんかもう、絶望の無理ゲーです。
鬱病の人は食欲もなくなるようですが、精神科医曰く躁鬱体質の人は過食傾向にあるようです。私は高校のリバウンド期からなんだかんだ過食癖が残っていて、たまにイライラしたりすると吐くほど過食してしまいます。今回もそんな感じです。
ダイエットを盾にしてメンヘラアピすんなという声が聞こえてくるのは重々承知ですが、そもそも自分をメンヘラだとか思っていませんし、私的にはマジで下手なダイエットは躁と鬱の繰り返しだと思います。というか、私がダイエットが苦手すぎるのかもしれません。私だって体重を気にせず生きられる人種になりたいです。もっと欲を言えば、私だって濃い化粧を施さなくても可愛いと言われる人種になりたいです。こんな事を言ったら親に申し訳ないのですが、容姿も、中身も、素材が悪すぎるのです。それでも素材のせいにしてはいけないし、だからこそ今までダイエットしたりお化粧を頑張ったりしてきましたが、なんかもう、駄目モードです。躁状態の時に痩せてお化粧もスキンケアも頑張って、躁転貯金でもしておけば良いのでしょうか。それでもまた鬱になった時に全てが馬鹿馬鹿しくなってしまうのでしょうか。めちゃくちゃ生き辛いわ、なんだこれ、マジ、何なのでしょうか。
そして、こういう駄文を書いている時って大体何もする気が起きず、嫌な気分を文章に起こして幾分かマシになりたい時なので、これを書き始めた時点でもうそういうことです。やっぱり躁転したくなってきました。waiting for the 躁転 以上です
クソリンパ
何度かお話したのですが、ここ数週間、原因不明の発熱と、時間の経過に伴ってどんどん大きくなり今やチロルチョコ大にまで腫れた首のリンパの痛みに悩まされていました。
起き上がるのがだるくて、課題をするのもやっと、毎週の語学の課題は友達にやってもらうというゴミぶりを発揮していました。
近所の内科でPCR検査を受けても陰性、レントゲンでも血液検査でも調べられる限りでは原因不明ということで、大きい病院に紹介状を書いてもらい、先日の火曜日に行ってきました。
病院に着いて熱を測ると39.3度だったので、問診票を書くところから待合室まで完全隔離、トイレも隔離された中のトイレを使うように言われ、9:30の予約で行ったのに結局診察されたのは11:30で、もう早起きで寝てないし具合も悪いし横になりたいし密閉空間だし、で機嫌が最悪でした。
可能性のある病気を片っ端から調べる、ということで、HIVの検査まですると言われ、いやいや仮にHIVだとしても知りたくないし調べたくもないし親がいる手前陽性だったらどうすんだよ調べるなクソが、と思いましたが、結果的には陰性でした(当たり前)。一通りの色々な検査をしたのですが、片っ端から調べるということだったので、血液検査の時に両腕から大量に血を採っていました。普段から採血はたまにするので慣れてはいるつもりなのですが、いつもは片腕だけだし、エッそれ血吸いすぎじゃない…?という量を両腕から採っていて、体調万全でなかった私は二本目の腕の採血中にクラクラしてきてギブアップしてしまいました。ベッドに寝かされてグルグルしながら、こんなに採ったらHIVがちゃんと検査されちゃうヨォとかいうアホな事をずっと考えていました。
それで、またその隔離待合室で検査の結果が出るまで何時間か待たされ、病室に呼ばれて告げられたのは「壊死性リンパ節炎」というあまり耳にしたことのない病名でした。壊死!?壊!死?と字面のイカつさに思わず鼻の穴が膨らみました。しかしよくよく聞いてみると、決して深刻な病気ではないそうです。壊死性リンパ節炎というのは、菊池病とも呼ばれるらしく、なんかよくわかんないけど何らかの原因でリンパ節が腫れて発熱し、それが一、二ヶ月程続くものらしいです。治療法がないので、自然に治るまで解熱剤や鎮痛剤で誤魔化していくしかないそうです。よくわかんないけど、高熱と待ち疲れで頭がボーっとしていたのでヘェと思いながら解熱鎮痛剤をもらい、夕方頃家に帰りました。
家のベッドで横になり、スマホでも検索したりしながら、いや、よくよく考えてみたら割と厄介な病気じゃね?という気がしてきました。治るならスパッと治る方がいいし、治らないなら治らないでもう不謹慎ですが癌とかでもよかったです。死に至る病でよかったです。キルケゴールです。
実際解熱剤生活を始めてみたのですが、なんだか薬飲んでる方が身体がだるいというか、38度位だったら熱出してた方が具合はマシな気すらしました。とにかく薬でピタッと楽になる!というものではありませんでした。マジで自然に治るまで「耐える」のです。まだ症状が出てから三週間足らずですから、折り返し地点かもしれません。これで折り返し地点とか、マジで死んだ方がマシです。生まれてこの方こんなにも自分のリンパを恨んだのは初めてです。お前がチロルチョコみたいになってるからこんなんなんだよ!と握り潰したくなりますが、触るだけで痛いので握り潰せません。
それから数日、チロルチョコみたいな腫れはサクマドロップくらいになり、代わりにマーブルチョコくらいの小さくて触るとめっちゃ痛いリンパが首のあちこちに増えました。何もしてないのに!私は何もやってない!のに勝手にリンパの腫れが増えて勝手に痛くなりました。そして、何もしていない!のに喉仏の左右の筋?みたいなところにまでマーブルチョコリンパができ、筋自体も熱を持って痛みだしました。私のせいではありません。
それで今日、病院の再診日だったので、朝から病院に行ってきました。「なんか首の液を取るとか言ってたわよ」とかいう母親の言葉を又聞きし、首に注射されるのではという恐怖に慄きながら出向きました。先日には出ていなかった血液検査の結果も出て、どうやら壊死性リンパ節炎というのは確定のようでした。首のエコーの検査をやりますと言われて、首に注射するわけではないのだと安心しました。先生が何やら聴診器のような機械を首に当てると、画面に豆粒のような塊がいくつも映し出され、これが私のリンパかあと、赤ちゃんを見ているような気持ちになりました。実際は赤ちゃんなんてかわいいものではなく、クソリンパです。
そういうわけで、私の原因不明の発熱はリンパの病気でした。熱が出る前日くらいから首を寝違えたような痛みがあり、本当に首を寝違えたと思っていたのですが、日を重ねるごとに首の痛みは強くなり、今は熱より首の痛みの方が強いです。こんなことになるとは思っていませんでした。まあ悪性のリンパ腫とかそういう重い病気ではなく自然治癒するまで我慢するような病気で、かつ人に感染するものでもないので、薬を飲みつつ調子の良い日にはまた散歩にでも出かけようと思います。血液検査の結果的にやはり今頃がピークらしいので、数週間したら遊べるようになると思います。横になっていれば楽なので、電話もできます。それにしても、この長い高熱がリンパのせいなんて少しも思っていませんでした。リンパなんてYouTuberの小顔マッサージのために存在しているようなものだと思っていました。美容のためにリンパを流して〜とかほざいてる奴らにリンパを舐めるなとブン殴りたいです。お前らはリンパがチロルチョコみたいになったらそれでもリンパを流すのか?と問いかけたいです。話が逸れました。何事も、どんなところに原因があるかなんてわからないものだなあと思いました。人生何事も経験❗️と思って生きているので、今回のこともどうせ治るしなんてことはないのですが、なんせ今まで健康体で身体の病気になったのが物珍しかったので、文章に起こしてみました。というか、病名に「壊死性」とかつけてビビらすのは良くないと思います。どうせ私は死なないのに。そして、しつこいようですがHIVでもなくて本当に良かったと思いました。クソリンパで、まだマシでした。以上です
コロナまがい
もうかれこれ十日近く38度前後の熱が続いています。
最初は本当に一晩で治ると思っていました。学期始めに熱を出し、一晩で下がるのが大学に入ってからの恒例行事だったので。
しかし、37度前半まで下がったと思ったら翌朝38度強まで上がっていたり、結局明日には下がる明日には下がると思い続けて今に至ります。今朝なんて寝ついて2時間くらいで目が覚め、39度近くまで上がっていてアッこれは死ぬ?と思いました。これまでまともに風邪を引いたこともなかったし、ましてやこんなに長期間高熱が続くのなんて初めてですから、これはやっぱりおかしいんじゃないか、もしかしたらコロ…なんじゃないか、と思って、今日のお昼に病院に行ってきました。PCR検査とかいう流行の代物を受けさせられて少しテンションが上がりました。教養のない私はPCR検査って卍最先端技術卍って感じだし何するんだろうな〜とか思っていたのですが、普通にインフルの検査する時と同じ鼻の奥まで棒を突っ込んでグリグリするやつでした。22歳、普通に痛くて泣きました。
検査の結果は数日しないとわからないそうですが、多分コロ…ではないです。咳も出なけりゃ苦しくもなく、味覚嗅覚も正常です。果たしてこれは一体何の熱なのでしょう。
発熱している状態がこうも続くと、それがデフォルトになってしまって最早体調の悪さなど感じなくなります。平熱38度です。今朝みたいな更なる発熱はさすがにキツかったですが、それも治まりあれっ私元気じゃね?熱下がってね?と思って体温計を手にしても、普通に38度です。大学のレポートもこの一週間で6本くらい出しました。(死にそうになりましたが熱が出ていなくても死にそうになっている)しかしながら、私はこの年になっても語学の単位を残しまくっているのですが、英語とドイツ語を読んだり訳したりしているとめちゃくちゃ頭がクラクラしてくるのです。脳を使う部位の違いなのでしょうか。身体が「無理」って言っているのがわかります。なので当面語学の勉強は諦めることにしました。数週間やらなかったところで単位はくれるやろ、と。でもそのくらいです。正直このオンライン授業という制度の、体調が悪かろうが知らん❗️レポート出さないと不合格❗️みたいな風潮に、不条理さを感じてはいますが、(小中高生だったら学校に行かなくて良いので歓喜しているでしょうが)語学の勉強を除けば、日常生活に頭痛と倦怠感とそれによる不眠がプラスされた程度で普通に生きています。頭痛も、元々偏頭痛持ちなので慣れています。(?)強いて言うなら、冷めたおかゆとかき氷以外、喉を通らなくなってしまったくらいです。
これは本当に一体何なのでしょうか。多分コロ…ではないです。きっと、今までコロナを舐め腐り、マスク暑いからつけたくないわ〜とかルミネもカラオケも何でやってないんだよ、くだらね〜とか、そういう事を考えて生きてきたので、その報復なのかもしれません。コロナじゃないギリギリを攻めて、自粛緩和してきたタイミングで、コロナライズされた世間の中に放り込む、という神様の報復なのかもしれません。
世の中を舐めてはいけません。
いつか熱は下がるので、下がったらまた遊んでください。マスクしなくても変な目で見られない涼しい夏を楽しみにしています。
やっぱり大学が無理
そんなの分かりきっている話です。以前にもお話しした通り、私は大学に入った瞬間、授業を受けるのも、バイトをするのも、何もかもが人並みにできなくなってしまいました。結果、一年目で留年しました。
できなくなったというと怠慢じゃん甘えるなボケと言われるかもしれませんが、本当にその通りなのです。怠慢です。今日はその言い訳を、ツラツラと書きたいと思います。
私はこう見えて?めちゃくちゃ健康体です。風邪を引いた記憶もあまりないし、インフルエンザにかかったのも小学生?中学生?が最後です。この間血液検査をしましたが、こんな偏った食生活、アル中寸前、やめられないタバコ、という三拍子揃った終わっている生活習慣であるにも関わらず、身体はとても健康ですよと言われました。
ところが昨日の夜中、人狼ジャッジメントをやりながらなんか頭が熱いなあ、まさかなあ、と思って滅多に使わない体温計を脇に挟みながら、それでも人狼ジャッジメントをやっていました。ピピッと鳴って見てみると、エェ!?38度!?マジ!!??となりました。もう人狼ジャッジメントどころではありません。こんなご時世ですから、コロナかもしれない…!という焦りが頭をよぎり、とりあえずマスクをしてベッドに入りました。私は今までコロナを舐め腐った言動を繰り返し、昨日なんてマスクを付けないで外出していたものですから、これでコロナだったらマジで笑えないなあと若干焦りました。しかしその割に咳も出ないし、とりあえず飲んでみたヤクルトの味も匂いもいつも通りだし、特に体調が悪い…死ぬ…という感じでもなかったので、アッ、いつものアレだ、と気づきました。
いつものアレ、というのは、私は大学に入ってから毎年学年の初めに高熱を出し、そして、いつも寝て起きると大体下がってしまうのです。私は本当に健康体なので、正直高熱がある!という非日常感に心のどこかでテンションが上がり、朝起きたらアレッ、もう下がったのか…、とがっかりします。でも毎年毎年必ず学年の初めの時期に熱を出し、毎回同じような収束の仕方をするのです。病院に行くまでもないので、ネットで調べると、どうやらこの急に高熱が出て寝ると下がる、というのは心因性の発熱のようなのです。つまりはストレスで熱を出す体質のようなのです。なるほどだから毎年学年の初めにこうなるんだ、なるほど高校まではそんなのなかったのに大学に入った瞬間そんなのになるってことは心身共に大学というものを受け付けていないんだウケる、と妙に納得してしまいました。
で、今年は学年の初めよりは少し遅かったけれど、オンライン授業に伴い時速300キロで溜まっていく課題に追われていました。溜めていた私が悪いのですが、月末までに3000字のレポートを3つ書かなければならなかったり、明後日までの予習の量が膨大だったり、多分そういうストレスで発熱したのだと思われます。
それでまあ多分そういうことなんだろうなあと思いながら寝つき、朝目が覚めて体温を測ってみると、何とびっくり、あまり熱が下がっていませんでした。普段はヤッター❗️私って熱ある❗️親も優しい❗️学校行かなくてもいい❗️と思うところです。しかしながら今回ばかりは例の課題達に取り組まなければもう一留がすぐ目の前なので、なんとか熱を冷まそうと、氷枕に両脇に保冷剤の状態で寝てみたり、親が買ってきてくれたビタミンウォーター?みたいなのをガブガブ飲んでみたり、とにかく今日で熱を下げて明日からは活動しなければもう何もかもがまずいので色々試しつつ安静にしていました。そのお陰?でさっき熱を測ってみたら37.4度位に下がっていました。身体のしんどさも特になく、こんな文章を書けるほど元気になりました。
というわけで、私は今から明日のドイツ語の授業のために莫大な量の官能小説を和訳し、明日オンライン授業を受け、授業が終わったらレポートに取り組みます。めちゃくちゃやりたくありません。でもやりたくないやりたくないと思ってまた熱が上がってしまっても困るので、やります。
普段ならちょっと楽しい発熱イベントも、この特殊な状況だと焦りに変わり、何より熱があるなら大学に行かなくていいはずなのに、オンライン授業のせいでパソコンが大学になってしまったので、熱が出て授業受けられませんでした、なんてものは通用しなくなってしまいました。最悪です。
もう今回の件で十分わかりましたが私は本当に大学が無理なのです。親と喧嘩しても彼氏と別れても自殺に失敗しても熱も出ないのに、大学が絡むと発熱します。なんかもうちょっとウケます。本当に大学が嫌いなのです。いつ卒業できるのかも不明です。私が大学を卒業できるまで、一体あと何回熱を出すのでしょう。もうそんな事ばかり考えてしまうので、もうこの話はやめにします。大学の方角に中指でも立ててさっさとやる事を済まそうと思います。