ムハンマドちゃん

お寿司がすきです

閉鎖病棟ユートピア

 

つい二週間ほど前まで精神病院に入院していた。ちょうど一ヶ月ほどの出来事だった。入院中そして退院後の生活で、良い意味でも悪い意味でも色々と考えさせられたので、記録しておく。

 

先々月に本当に些細な出来事でなんかもう全部無理って気持ちになって毎晩眠れない夜が続いたんだけど、不気味なことに当時出されていた薬の作用で完全な軽躁状態だったらしい。軽躁状態というのは、もう何するにもルンルンで、普段は家に引きこもっていたいのに朝から晩まで外で遊んで、普段絶対買わないようなものを買ったり、もうとにかく気分が良くて自分では調子いい!って思っちゃう状態なんだけど、夜はやっぱり眠れない。(入院後の主治医にそうだったんだよと言われ、そう言われれば確かに・・・とゾッとした)

元々精神無理状態だったわたしがそんな心と身体がちぐはぐな状態でずっといられるわけなど当然なく、週末の夜中ブッ倒れてしまった。

 

次の日に搬送された病院から入院先の病院へ移動し親がほぼ勝手に入院の手続きを済ませて病室に案内された。どうしてこんなところに入れられるんだって帰りたくて帰りたくて仕方なかった。わたしが入れられたのは閉鎖病棟という自由に出入りができない病棟で、病棟の入り口に二重に鍵がかかっていて、部屋にも鍵がかからず、また希死念慮が切迫しているとかいう理由で充電ケーブル、イヤホン、スニーカーの紐まで没収されてしまった。(心配しないでください  大丈夫です  仮に首を吊ろうと思ってもスニーカーの紐なんか使う人いるのでしょうか)幸いスマホの使用許可は下りたが、ナースステーションに預けないと充電できなかったりすぐに通信制限に引っかかったりして不自由極まりなかった。

病棟内にはぎょろぎょろとこちらを見てくる人、やけに距離が近く話しかけてくる人、夜中に泣き叫ぶ人、色んな人がいて、こんな閉鎖的な所にいたらわたしまで頭がおかしくなってしまうから早く出してくれと親と医者に泣いて訴えたが無駄だった。外を見てはああ早くここから出たいと思い、絶望感でいっぱいだった。(不謹慎な話だが、この病棟内の頭の病気でおかしくなっちゃった人達の日常生活を観察するのが後に入院中の楽しみになった。だって面白いんだもん。頑なに風呂に入りたくなくて看護師さんに引きずられて風呂に行くおばさんとか、頭がおかしい人が頭がおかしい人に発狂してさらにおかしくなっちゃったりとか。笑い事じゃない)

 

唯一の救いは病棟内に友達ができたことだ。入院した日の夜、夕飯を戻す場所が分からなくてうろうろしていたわたしに話しかけてくれた。彼女は三歳上だったけれどとても話しやすく、面白く、すぐに仲良くなってご飯もほとんど毎食一緒に食べ、暇な時間もお喋りして過ごすようになった。彼女とは趣味の話から今までのことや未来のことまで沢山話した、わたしは同じ人とずっと一緒にいるのが苦手だったが特殊な環境からかそんなことは全くなかった。お互い業を背負っているせいか普通の友達にはできないような愚痴も言い合えたし、辛い時には励まし合った。先の話になるがわたしが退院した時に貰った手紙の「寿命で死のうね」という一文も忘れられないし、今でもラインで温かい言葉をかけてくれる。彼女は病棟内の決まりごとやちょっとしたライフハックも親切に教えてくれて、また一週間二週間と経つにつれて家族や看護師の同伴で病院内を散歩するのが許されたり、ヒモ禁()が解除されたり、すこしずつ生活しやすくなっていった。病院生活への慣れから気持ちも少し軽くなってきた。病棟には年を召された方が多くて若くても話があまり通じない人も多かったけれどそれでも友達があと二人くらいできた。

 

外から友達もたくさん面会に来てくれて、こんな所へ来させて申し訳ないという思いとともに全てが物凄く嬉しかった。(めちゃくちゃ気を遣って来てくれたのはわかっているけど)普段から仲良くしていた子や、ほぼ卒業ぶりに会う部活の子まで来てくれて、短い時間しか話せなかったけれどそれが何よりの楽しみだった。わたしはみんなにもらった靴下を履き、ハーブティーを飲み、お菓子を食べながら、漫画を読んだり、間違い探しをしたり、塗り絵をしたり、絵手紙を作って書いたりして毎日過ごしていた。退院後に退院祝いをくれた子もいて、人が少しでも気遣ってくれるのが本当に嬉しくて嬉しくてひたすら有難かった。

 

入院してだいぶ経つと親の同伴で、それからまた経つと一人でも外出できるようになった。(入院中なのにタピオカを飲みに行ったりしていた)それでもやっぱり不自由さは変わらず、入院しているという事実も耐え難くていち早い退院を望み、とんとん拍子で退院日が決まった。入院中は当たり前におとなしくしていたので、あと余りに私がふつうの人間だったので、当初二、三ヶ月と言われていたのが結果的に一ヶ月の入院となった。ここで焦らずもう少し長く入院というサポート体制のもとでぐちゃぐちゃの心の中をなんとかしてから退院すればよかったものを、当時は普通の生活に戻りたいという思いでいっぱいで早期退院を選んでしまった。退院して少し経つ思うとそれは間違いだったような気がする。

 

退院後の生活は、入院中に思い描いていた自由で開放的なものでは全くなかった。今まで通り日常生活を送るのが非常に苦痛になっていた。思えば入院中は何もせずともご飯が出てきて、休むことが正当化され、考え込んで辛い時は医者や看護師に24時間相談できて、励ましてくれる友達もいて、多少の不自由はあったが退院する頃にはだいぶ生活しやすかった。でも家に帰ったらそうはいかない。ストレスは環境が変わる時に生まれると退院後の通院で言われたけれども・・・・

 

わたしのした間違いは、とにかく入院中は休めと言われていたにも関わらず何もしていない不安から少し勉強面で自分を追い詰めてしまったこと、そして気持ちが落ち着いていないまま退院してしまったことだ。せっかくの入院を無駄にしてしまった気がする。世の中で真っ当に生きている人達は本当に凄いと思う。わたしには到底無理だな